WATで働くということ、僕なりに書いてみます | WAT Inc.

Column

コラム

WATで働くということ、僕なりに書いてみます

石渡が採用について書いたと聞いて、僕もなにか書かねば、と思いました。 ただ、石渡のように採用の本質をまっすぐ語れる自信がないので、少し遠回りになるかもしれません。遠回りしながら、伝わるといいなと思っています。

商店街で気づいたこと

僕は横浜の、わりと元気な商店街の近くに住んでいます。 夏になると月に何回も縁日があって、最初は「どうかしてるな」と思っていたんですが、何年か暮らしているうちに、あの繰り返しにはちゃんと意味があるんだと感じるようになりました。

毎回同じように提灯を出して、同じように焼きそばを焼いて、同じように子どもたちが走り回る。でも「同じ」は「同じ」じゃない。去年いた人が今年はいなかったり、新しい顔が増えていたりする。変わっていく中で変わらないものを続ける。お店を開けるというのは、そういうことだと思うんです。

素材が良ければ、手を加えすぎなくていい

以前、知人の農園を訪ねたとき、素材が良ければたくさん手を加えなくても十分美味しい、ということを実感しました。WATもこの考え方でやりたい、と思っています。

これは採用にも通じる話で、僕らは人を「育てる」というよりは、その人がもともと持っているものを活かしたいと思っています。コーヒーの技術は現場で身につきます。それよりも、その人自身の感性や、ものごとへの向き合い方のほうがずっと大事で、そこは教えるものではなく、もともとその人の中にあるものです。

だからWATには、いわゆるマニュアルがあまりありません。 「この場面ではこう言いなさい」みたいなことは、できるだけ言わないようにしています。自分で感じて、自分で判断して、自分の言葉でお客さんに向き合ってほしい。素材を活かすというのは、そういうことです。

重いバトンを、受け取り続ける

去年、WATで事業継承することになった長野の宿を訪れました。窓辺の植物、使い込まれた厨房、手の跡が残る調理道具。それらの一つひとつから、そこで積み重ねられてきた暮らしの温度が伝わってきました。

WATがやっていることは、この「重いバトンを受け取る」ことの連続です。お店を開けるというのは、その場所に根付いてきた歴史や暮らしの延長線上に立つということ。だから「新しくつくる」というよりは、「すでにあるものを受け継いで、少しだけ自分たちの色を足していく」という感覚のほうが近い。

派手なことをやりたい人にはたぶん物足りない。でも、目に見えないものを丁寧に引き継いでいくことに面白さを感じる人にとっては、WATはけっこう面白い会社だと思います。

不安なまま、来てください

最後にもう一つだけ。

採用ページを見て、ちょっと気になるけど自分なんかが応募していいのかな、と思っている方がいたら。僕に言えるのは、「不安なまま来てください」ということです。

僕自身、WATを12年やっていても、この先のことは何も約束されていません。でも、だからこそ目の前のことを丁寧にやるしかないし、丁寧にやっていれば、だいたいのことはなんとかなる。

不安を消す必要はなくて、不安なまま、ちゃんと手を動かせる人。WATが一緒に働きたいのは、たぶんそういう人です。

気になったら、気軽に声をかけてください。 

ヒグチ